名無しの権兵衛

2/2
前へ
/11ページ
次へ
  その猫と出会ったのは冬の大雨の夜。 俺は高校生。 バイト帰りの家の傍の道だった。 ザーザーと降りしきる雨の音に濡れて小さな小さな命を乞うような声が聞こえた。 白地に茶色の縞がある小さな子猫だった。 小中学生の頃は、家に動物を連れて帰って随分叱られた。 でもその時はどうしようもなかった。 こんな大雨の中、ずぶ濡れの子猫が生きて行ける訳がない。 俺は躊躇せず家に連れて帰った。 家に帰るなりタオルで体を拭いてやりストーブの傍で暖めた。 ミルクをあげたが飲まなかった。 スプーンであげたりスポイトであげたりしても駄目だった。 子猫はずっと俺を見つめていた。 その夜は子猫を布団の中に入れ一緒に寝た。 朝が来て目が覚めると子猫は相変わらず俺を見つめていた。 後ろ髪引かれる思いで俺は学校に行った。 学校から帰るとテーブルに母からの置き手紙があった。 『猫は死にました』 小さな箱に冷たくなった子猫が入っていた。 まだ名前も付けてないのに…  オスかメスかも知らないのに…  たった一晩の付き合いだった。  
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加