第3話 凶熱の魔術師

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 深い霧の中、悠然と歩く一人の男の影がある。  筋骨隆々の四肢を真っ白い紳士服で包んだ浅黒い肌の威丈夫。己の中の『暴』の気配をさらに際立たせるのような真っ白い紳士服を身に付け、背にはライオンの毛皮のコートを袖を通さずにかけている。口元には高いということだけはわかる高級そうな葉巻をくわえていた。髪は肩までかかるウェーブ、黒色。肌、髪は全体的に黒いが、身にまとう衣服は反して真っ白。見て金をかけているということがわかるような出で立ちの男は、あたりを見回し小さく舌打ちを漏らした。 「……さて、ここは何処かね?」  不愉快そうに彼は呟く。野獣に例えられるような鋭い目を細めあたりを見回した。  ほんの少し前まで彼はビル街を歩いていたにも拘らず、突如として古色蒼然とした石や木造で建築された建物の並ぶ町を歩いていたのだ。少し、ほんの少し濃い霧が視界を覆い、その霧が晴れたと思えば突如としてまったく見覚えの無い光景が眼前に広がっていたのである。 「魔術? ……いや、そうでもねぇな」  不愉快そうに巨躯の魔術師は呟く。  唐突に異なる場所に運び去られたのは理解できる。だが、魔術による転移ならば欠片なりと魔力の残滓を感じるはずだ。魔術師として増長の必要も無く超一流の部類に入る己が見逃すはずがない。  魔術による強制的な転移ではない。おそらく自分の知らないまったく別種の技術によるものだろう。 「……良いねぇ。この俺に対してそんなふざけた真似をする相手がいるとは。実に楽しい」  口元を禍々しく笑みに歪め、巨躯の術者、その力を灼熱と爆炎に特化した恐るべき手練の魔術師エルムゴートは楽しそうに呟いた。  笑いと共に口蓋から灼熱が漏れ出る。空を見上げれば、そこには見慣れた星空は無い。あるのは波打つように見える海のような空だった。尋常ならざる光景であることは間違いないが、それでも恐るべき魔力を誇る外道の魔術師の心に不安を感じるような要素は無い。  肩で風を切るように歩きながら彼はあたりの光景に目をやる。
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