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そこは草の生えた海だった。
一面に緑がしきつめられ、全体的な風にただ身を任せている。丘と丘の割れ目にある、申し訳なさそうな細い道を除けば、ここは緑の海だった。
その道に一人いた。
重そうなリュックを背負い、首から銀色のタグを二つぶら下げ、額に玉のような汗を浮かべている。実際、厚いローブに包まれた体は、傍目から見て分かる程小さく、細い。顔立ちや茶色の髪の毛にはどことなく気品があるが、少しほこりっぽい。
ただ、目が美しかった。右目は眼帯をしていて分からないが、左目は本のように、重く、みずみずしく、説得力があり、黒メノウをそのままはめ込んだみたいだった。
「……」
その人間は気だるそうに歩きながら、リュックに手を伸ばし、丸まった地図を取り出す。我が侭な子供をあやすように地図を広げ、辿って来た道と目的地を交互に確認した。
「……?」
ふ、と短く溜め息を吐き、リュックを背負い直して再び歩き出す。
半時が経ち、その人間は地図とにらめっこをしていた。
「……おかしい」
と呟く。
「何が、おかしい、じゃ。やっぱりあのインチキ軍人達に騙されたに違いないわい」
どこからか声が聞こえる。しわがれた、老人の声。
「大体お前さんのそのリュックはどうにかならんのか。旅はいつも必要最低限のものと長めのロープで十分。そういうのを極東では優柔不断と言うのじゃ」
その声は呆れた口調で言った。
「モリーは少しうるさ過ぎる」
モリーと呼ばれた声は憤慨する。
「何じゃと!儂はな、お前さんの事を考えるとおちおち夜も寝れん。その儂に向かってうるさいとはなんじゃうるさいとはむぎゅっ!」
その人間が右目の眼帯を指で押し込むと、モリーはくぐもった悲鳴を上げ沈黙した。
「モリーは黙ってて」
首のタグが鈍く光る。
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