第一章/人間になりたい猫

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この中は、もっと臭かった。三丁目のゴミ捨て場にも勝る。     しーんと静まり返る押し入れの中で、僕は耳をそばだて、眠るように息を潜めた。   男女の変な鳴き声。   テレビの雑音。   どこから聞こえるサイレンの音。   水の音。   空気と空気がこすれる音。   おとおとおと。     ――段々音が耳から消えていく。何も聞こえなくなる。更にその無音の奥のそのまた奥から聞こえるハズのないあの音が聞こえてきた。     トクン……トクン……     それはゆっくりだけど、一秒たりとも狂いの無いメトロノームのような脈打つ音。     僕のじゃ、ない。     僕の脈はどんどん早くなるばかりだし。       “誰かいるのか?”     返事が無い。       恐い。闇の中に何かがいる。僕みたいな小さくて弱い体じゃ、すぐに喰われちゃう。       “たすけて”    
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