プロローグ

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真っ白な広い正方形の部屋。 それを彼女は箱と言う。 質素な部屋には必要最低限の物しか置かれていない。 膨大な書物を収納した本棚。 仕事に使うためのコンピューターとノートパソコン、デスク。 食事をとる為のテーブル。 そしてベッド。 「綾香」 低い声が部屋に響く。 周りを見回さずとも姿は見つかった。 深くため息をつくと、静かにベッドの膨らみへと近づく。 「綾香……」 「……ん」 そっと揺らせば、重い目蓋をゆっくり開ける。 目の前にいるモノに焦点を定めると、綾香と呼ばれた女は上半身を起こした。 「お前、寝過ぎ」 「……何時間寝てた?」 「10時間48分」 腕時計をチラリと見て時刻を言う。 綾香は目をこすり小さな欠伸をした。 「10時23分」 「聞けよ」 「聞くより早くわかったから」 布団を体からどけて立ち上がり、黒く長い髪をはらう。 白で統一された部屋とは違い、綾香は真っ黒な丈の短いワンピースを着ていた。 裸足でペタペタと歩く綾香に黒生は眉を顰めたが、直ぐに前を向き綾香の肩に薄い黒のコートを着せる。 「朝ご飯がある」 「用意したんだよ」 さも魔法で勝手に出てきたかのように言う綾香に黒生はすかさず突っ込んだ。 綾香は冗談だよ、と笑うと椅子に座り、黒生は溜息をつきつつ正面の椅子へと腰掛ける。 目玉焼きとベーコンのいい匂いが段々と部屋に充満していた。 「今日は洋風だね」 「この間和風出したらお前不機嫌になっただろ」 そうだったかな、と惚ける綾香はベーコンを口へと運ぶ。 「和食は口に合わない」 「お前不機嫌になったら仕事しねぇから。俺が上に怒られんだよ」 「お疲れ様」 その後は何を話すこともなく、食事を終えた綾香と黒生は部屋を出た。 トンネルのような廊下は、二人の歩く足元と頭上にだけ明かりが通り道を照らす。
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