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広い敷地内を迷わず歩き、大きな扉の前に立つと指紋認識をして扉を開けた。
「おはよう」
「おはよ」
穏やかに笑う金髪の青年に綾香も微笑み、隣に座る。
黒生は座ることなく、綾香の右後ろに立ち傍に控えた。
「……甘い匂いがする」
「レモンティーだよ。淹れてあげるから飲む?」
「いらない」
右手のティーカップから漂う香りは綾香には甘過ぎた。
金髪の青年、凛萄湊は香りを楽しむように鼻をすんと動かす。
「珍しいね、犀川さんが談話室に来るの」
「瀧と話がしたかったから」
「あぁ。そう言えば今日一緒に大学に行くんだよね」
「大学?」
聞いていないとばかりに黒生は聞き返したが、綾香は笑顔のままそれをはぐらかす。
凛萄に出されたストレートの紅茶を一口喉に通し、直ぐにカップを皿に置いた。
「最近暇で……そういう日に勉強して置こうと思って」
「必要なことは知ってんだから必要ねぇだろ」
「必要無いものはない。今こうやってのんびりしている間も、新しい何かが見つかってる。今いらなくても、いつか必要になるかもしれないでしょ」
「だから、日本で一番書物の揃っている立橙大学に行きたいんだって」
凛萄からの説明に黒生は一瞬何故かドキリとしたが、その動悸はすぐに無くなった。
「瀧はその大学の生徒だから。面倒くさい許可をとらなくても入れるの」
「お前、俺に言えよ……」
ほぼ綾香専属のマネジメントを五年間しているが、未だに行動パターンも掴めないし予定さえ掴ませて貰えない。
一度それを黒生が綾香に言えば、必要なことは言うしやって欲しいことがあれば言うと、言い返されてしまった。
「……はよ」
「あ、おはよう」
「おはよう」
「うっわ……」
大きな扉が開き、中に入って来たのは長瀬瀧。
予想外の人物に、長瀬はその整った顔を極端に歪めた。
「うわって、何」
「いや言うだろ。何年ぶりだよここ来たの」
「2年6ヶ月と22日ね」
「そんな来なきゃ驚くだろ……てか、何でいんの?」
「大学、一緒に行くってメールしたでしょ?」
「あー、思い出した」
髪を無造作に乱し、凛萄の前に座る。
凛萄は笑顔で長瀬に用意したアップルティーを出した。
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