プロローグ

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「俺講座終わったら先帰るぜ」 「大丈夫。講座が終わる前に終わらせるから」 そう笑った綾香に長瀬は口を曲げた。 二人は出された飲み物を飲み干し、立ち上がる。 相変わらず穏やかに笑った凛萄はひらりと手を振った。 「行ってらっしゃい。瀧、お土産はみたらしだんこね」 「大学行く度に何で土産がいんだよ」 ぶつぶつ言いながら出て行った長瀬を見送った後、綾香は黒生へと振り返る。 「服、どこにある?」 「部屋にハンガーにかけて吊ってある」 「準備がいいね」 コートを揺らし、出て行く綾香をまた手を振って見送る凛萄。 その凛萄に黒生は深く頭を下げ、早足で先を行く綾香を追った。 「……身長、伸びたかも」 「何でそう思う」 「スカートが短くなった」 ブラウスの袖を2つ程折ながら綾香は黒のプリーツスカートを見る。 変わってないのでは、とは黒生には言えない。 黒のロングブーツを履き、パソコンの入ったカバンを持つ。 だがそれは直ぐに黒生に奪われた。 「ペンより重いものを持たさない気?」 「そう思っとけ」 全部、俺に任せればいい。 そう言った黒生に、やはり綾香は笑う事しかしない。 「信頼してるよ」 「嘘つけ」 この五年間、ずっと黒生は自分に言い聞かせてきた。 綾香は何一つ信じていない。 信頼していない。 唯一綾香が認められるのは自分の中にある秩序。 まだ幼かった彼女。 その姿はもうなく、空白の五年で培った強固な精神と頭脳がここにはある。 もう失うものなどない彼女は縛られた生活の中、望んでいた完全傍観という立場を手に入れた。 自分の嫌った世界。 それを一番間近で傍観し、彼女は考える。 幸せに暮らしているであろう、彼らの事を。
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