第1章 第2話

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女将は、二人を二階の広い部屋に案内した。 女将「ごゆっくり…。」 そう告げると、 静かに部屋から出ていった。 少女「……。」 部屋はとても暖かかった。 部屋を見回すと、 布団は部屋の端に重ねられていた。 霧生「好きにしていればいい。寝てもいいし。だが、この旅館は出るなよ。」 少女「…はい。」 霧生は机の前に腰を下ろし、 あぐらをかいた。 少女は部屋の隅で腰を下ろし、 ちょこんと三角座りをした。 霧生「…お前、歳は?」 ふと霧生が声をかけた。 少女「…分からないです。」 霧生「見た感じは十歳くらいってところか?」 少女「……。」 霧生「…本当に何も分からないんだな。」 少女「ごめんなさい…。」 霧生「別に謝る必要はない。」 しばらくはじっとしていた少女だったが、 そのうち激しい眠気に襲われた。 こくりこくりと船を漕ぐ。 霧生「…眠たけりゃ寝ろよ。」 少女「…あ、いや…だ、大丈夫です。」 とは言ったものの、少女はそのうち、 こてっと横になって寝てしまった。 霧生は、やれやれといった顔をしながらも、 布団をかけてやった。 霧生「……。」 机の前に戻ると、 霧生は何かを思案し始めた。 少女「………!」 どれくらい時間が経っただろう。 少女は目を覚ました。 霧生「…よォ。」 少女「……。」 霧生「……。」 少女「……。」 霧生「…何アホ面してんだよ?」 少女「今…自分がどこにいるのか、少し忘れてて…」 霧生「…まぁいい。話があるから聞け。」 少女「…はい。」 少女はきちんと正座をして向き直った。 霧生「お前も、外に出た事でやっと社会の中で生きていけるようになった。社会の中では、他と自分とを区別しなければならない。つまり…名前が必要だ。」 少女「……。」 霧生「そこで、俺なりにお前の名前を考えた。」 少女「!」 霧生「こっちに来い。」 少女は立ち上がると、 霧生の向かい側に座った。 霧生は、筆と紙を取り、 さらさらと何かを書いた。 『れん』 紙には、綺麗な字でそう書かれていた。 少女「…れん…。」 霧生「文字は読めるんだな。」 少女は、確かに、と思った。 文字を習った記憶は無い。 霧生「そうだ。今日からお前の名はれん。一応漢字も考えてあるが、まぁ平仮名でいいだろ。名字は適当に考えて、この国の者だって証明は取ってやるから。」 れん「…ありがとうございます…。」 『れん』となった少女は、 喜びを噛み締めていた。
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