百足

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百足

「きゃあああ!」 女の悲鳴が響いた。 エアコンの効いた居間で寛いでいた男は、妻の悲鳴に何事かと寝室に向かう。 「どうした?」 後ろ姿を確認して優しく声をかける。 マタニティに身を包んだ妻は息を荒げ足元を睨み付けていた。 潰れた百足の死骸。 化粧瓶を投げ付けた上に踏み潰されて真っ二つに胴体が分かれている。 「噛まれたらたまらないわ、産み月も近いのに抗生物質なんて飲めないもの」 たかだか百足ぐらいで大袈裟だとは思ったが、男は黙って死骸を片付け妻の頭を優しく撫でた。 数日後。 再び自宅に悲鳴が響き渡った。 ただし今度は尋常ではない。 妻の臍の近くを百足が食い破ろうとしたのだ。 「つがいで行動すると聞いてはいたが!」 まさかの事態に夫婦は動転している。 大事そうに抱えていた腹部を攻撃し、してやったりという満足気な百足。 男は傍にあった事典を何度も打ち付けた。 腕に力を込め狂ったように叩き続ける。 「病院、病院に連れていってよ」 妻は泣きながら訴えた。 「産婦人科?」 「傷は外科でしょ」 念のために飲み薬は無しで患部の消毒と外用薬で処置は終わった。 妻は肉をえぐられ数日微熱を出してしまう。 養生しているうちに腹部が激しく痛みだし、陣痛が始まった。 「あんな事で早産になるなんて」 目に涙を溜めた妻。 力無い声。 男は病院まで車を運転する間中、助手席で泣く妻を慰め最初に百足如きと侮った自分を責めた。 分娩室に向かう妻。 夫婦は安産と我が子の無事を祈る。
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