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「王子、着きましたよ」
肩を揺すられ、ふっと目を覚ます。もう少し寝たい、まぶたが落ちようとするのをなんとか耐えた。
「一時間後に合流しましょう」
それは街に来て何度目かに交わされた約束。王子とパン屋の娘の雰囲気を壊さないためである。自由な風潮のこの国は、身分がどうのという輩はほとんどいなかった。
王子はまた特別であることは確かだったが。
「元気か」
ドアのベルが鳴る。娘は厨房から出てくると、嫌そうに顔を歪めた。
「元気じゃ悪いか」
「喜ばしいことだ」
このやりとりを何度やったことだろう。二度目からこの表情だ。王子は気にも留めなかったが、それが拍車をかけていることなど知る由もない。
「メロンパン」
すっかり気に入ったそのパンを手に取る。来る度に食べるパンだ。
「飽きない?」
「飽きない」
娘は次の言葉が聞きたくて、金も払わない迷惑な客を迎えているのかもしれないと思った。
「今日も美味だな」
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