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「お前が今日来て良かった」
娘は言う。
「明日から親方のパンが並ぶ」
複雑な表情、嬉しいような……寂しいような。王子はその表情の意図することがわからない。
「半人前でパンを店に出させてもらえたのに、終わるとなると寂しいものだな」
小さな笑み。
「もうメロンパンを作らないの?」
よくわからないが、パンを作らないと言っているのだろうか。王子はそう理解する。
「わからない。親方のいない間に、パンを焼きすぎたからな」
採算が合わず、パンを作れないのはその罰則のようなものだから。
「ちょっと残念だな」
王子の言葉に娘が笑う。
「ちょっとだけか」
その瞳から、涙がひと粒落ちた。キラキラ輝いて見える。胸がぎゅっと締め付けられた。
「ありがとう」
泣き笑い、初めて娘の顔をマジマジと見る。
――目が、合った。
娘は自分の涙に気づき、恥ずかしそうに王子に背を向け拭う。
「……う」
突然、体に異変。グルグルと何かが体に巻き付いていく感覚。何だ、何だ!?
「ところで、お前の名前……」
娘が涙を拭い終え振り向くと、そこに王子の姿は無かった。
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