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自宅でそんな動きがあったとは露知らず、シエル・ブラッドレーは普段とそう変わらぬ職務をこなしていた。
離宮の広い庭園で無邪気に花を摘んで歩くイリスの周囲に気を配りながら、彼は仕事の一環とは言えども平和な午後に口元を思わず緩める。
ふと頭上に広がる蒼穹を見上げれば、自宅で待っている筈の妻の事が頭に浮かんだ。
――新しい環境に突然置き去りにされた彼女は、さぞ心細い思いをしているだろう。
それでも、次に帰宅した際は彼女の予定を皇女に合わせるように『真っ先に』伝えようと思考している自分に苦笑した。
が、同時に安堵する自分にも気付く。
皇女と同じ名を持つ美しい娘を妻に迎えても、自分を騎士に選んだ皇女に誓う忠誠も、その為に形成された優先順位も、未だ揺らぎはしない。
――ああ、自分は変わっていない。揺らいでいないのだ。
――少なくとも『今は』。
この己の気持ちを試すべく決めた婚姻である事は、イリスにも、アイリスにも言える事ではない。
この思いが、揺らがぬ限りは――。
「ブラッドレー卿、ご自宅からです」
いつの間にか近付いてきた気配に現実に引き戻され、背後からの声に振り返ると、軍服を纏った若い女性が敬礼し、電報を差し出していた。
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