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「そんな……。私より、綺麗で身分も高い方は沢山いらっしゃったのに……」
アイリスは一月前のその晩、メリンスたっぷりのドレスを纏い、優雅に踊る美しい女性を飽きる程に見ていた。
毎度の事だと半ば諦めていたが、自分にだけ一度も声がかからなかったのは事実。
寂しさのような物を覚えなかったと言えば、嘘になる。
痛いほどの視線を向けて来る人間も多かったようには思ったが、不思議な事に、ボーイすら自分の周りを避けて歩いている気がしてならなかった。
「君以外の人間は、そうは思わなかったんだよ。
それに、僕が君を選んだ理由は他にもあってね」
ここからが本題なのだろうか。急に真顔を見せられ、アイリスは一瞬ドキリとする。
次の言葉に身構えると、シエルは一つ一つ慎重に言葉を選んでいるようで、ゆっくり口を開いた。
「……君には、僕の食糧(えさ)になってもらうから」
「……え?」
アイリスは、まるで後頭部を鈍器で殴られたような衝撃を受け、硬直する。
「僕が吸血鬼だなんて、誰かが悪ふざけのつもりで流した噂だったんだろうけど……本当の事なんだ」
混乱しているのだろう。アイリスの反応は至極当然の物だ。シエルは苦笑した。
一方アイリスは、自分が"食糧"と呼ばれた事には驚いていたが、正体を吸血鬼だと明かされた事は、妙に冷静に受け止めていた。
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