その乙女、婚約

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  「若い女性の血がなければ、僕は生きられない。  だから君が必要なんだ。  君の血は、特別高貴な香りがする……。だから惹かれたんだよ」  シエルの目を見て、アイリスははっとする。  彼は瞳の奥に、とてつもない苦しみと哀しみを湛えているように見えたのだ。  彼はまるで――アイリスの鏡のようだった。  アイリスには――或いは思い違いかもしれないが――彼の痛みが不思議とよく理解できる。 「……如何なる理由があろうと、私は今日から貴方の妻です。  お望みならば、好きなだけこの血は差し上げましょう。  ……ですが、血を吸う度に貴方がそんなに哀しげな顔をなさるのならば――私は、貴方に血を差し上げたくはありません」  アイリスの強い瞳に捕まったシエルは、大きく眼を見開く。 「君は……本当に、不思議な女性だね」  シエルの表情と声が、ふと柔らかくなった気がする。が、同時にアイリスの視界は闇に包まれ、確かめる事が出来なかった。 「シ、シエル?」  一瞬、アイリスは状況が把握できなかったのだが、全身を包み込む強い力と温もりを感じ――自分は抱き竦められているのだと理解する。 「怖がらないで。  ……どうか、そのままで聞いてほしい」  腰を引き寄せられているアイリスは、どうして良いものかと戸惑っていたが、シエルはそれを察したように、宥めるような声音でそっと囁く。 「はい……シエル」 「良い子だ」  そしてシエルは、すっかり大人しくなったアイリスの髪を撫でる。 「……ごめん、先に謝っておくよ。  僕は、君を愛せないと思う。  だから君も……僕を愛さないでほしい」  ――それはあまりに優しい声であった為に、耳を疑いたくなる言葉だった。  彼の言葉は、今日から妻になろうという女性に対するそれとは思えないものばかりである。 「どうして……?」  アイリスは、そう問い返すのがやっとだった。
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