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「奥様、カモミールティーをお入れ致しました」
「……どうぞ」
リカルドが声をかけると、幾分弱々しい返答があった。
「失礼致します」
「ありがとう……」
アイリスは盛大な溜め息を漏らしながらも、カップを受け取る。
何やら思い詰めているようだ。
暗い表情で部屋に駆け込んで来てから四時間にもなるが、彼女は一歩も外へ出ていない。
読書をするでも、部屋の探索をするでもない。
ただ、膝を抱えて天蓋付きベッドに小さくなっているのだ。
彼女の緊張を解そうとしたリカルドが『私どもに、敬語などお使いになられるのはお止め下さい』と申し出ると、何とか使用人らに対しての堅苦しい態度は改めてくれたらしい。
理由を尋ねると、『実家では、ずっとそうしていたから』と苦笑した彼女は、リカルドから見れば、あまり満ち足りた人生を歩めてこなかったように思えた。
だからと言って、ブラッドレー家に嫁いだ彼女も、幸せそうには見えないが。
――現に、夫の事で早速悩んでいる様子なのだから。
「……旦那様と、何かございましたか?」
そっと問いかければ、アイリスは目を細めて口を開く。
「あの人『も』……私でなくとも良かったのね」
「と、仰いますと?」
「男は皆同じ。
私はアクセサリーのようなものなの。
父は、私をいつも公の場に無理矢理連れて行った。
最初は、話題の一つや二つにはなるもの。
そして、美しい女性や身分の高い女性にさっさと声をかけると、その女性と屋敷に帰るの。
私を、その場に置き去りにして」
そんな父親がいて良いものか――。
リカルドは苦しくなったが、アイリスは独り言のように続けた。
「浪費も好きな人だから、経済的にも苦しくて。……知っているの。
私に縁談が来た時、父は内心大喜びしていたのに、わざと渋って見せて、お金を積ませた事も、ね」
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