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「広い御屋敷ですね」
「はい、全貴族の本邸の中でも指折りの面積がございます」
屋敷は外観も巨大だったが、中を歩いてみると更にそれを実感させられる。
少女が幾ら飛び跳ねても手が届きそうにもない天井に、人が横一列に十人並んでも通れそうな回廊。
しかしそれだけの広さを有しながらも、二人分の靴音以外には何も聞こえず、他の使用人達は一体どこに隠れているのかと不思議なほどだ。
執事は饒舌な方ではないのか、ごく最低限の説明の他は口を開かないので、些か虚しいものがあった。
沈黙を持て余した少女がふと窓の外に目をやると、ガラス張りの美しいドームが目に飛び込んできた。
「あれは何ですか?」
「あの建物は、大奥様──つまり旦那様のお母君が大切に育てていらっしゃった薔薇園です」
「薔薇園……。今は、誰かお世話をする人は?」
少女はドーム内に咲き乱れる真っ赤な薔薇たちを見つめて、感嘆の息を吐く。
「……いいえ。大奥様が亡くなられてからは、ただの一度も。
旦那様が薔薇園への立ち入りを庭師にさえ禁じられたので、現在は機械に任せきりです」
執事はゆるゆると首を横に振る。
初めて目にした少女とて、執事ほどの思い入れはないにせよ、誰もそれに触れない事を残念に思うほど美しい花園であった。
建物自体が長く手入れされていない事は遠目にも明白だったが、曇ったガラス越しにぼんやりと映るベルベットのように深い緋の花弁は、何故か少女の脳裏に深く焼き付けられたのだ。
──誰もが思わず見入るような美しさは、惹かれると同時に、恐ろしくもあったのだが。
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