その乙女、婚約

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  「あの薔薇は……? 私、あのような色の薔薇を初めて目にしました」 「はい。あれは大奥様が改良された新種ですので、ブラッドレー家所有の敷地以外にはございません。名前は──」  それまで表情の読めなかった執事が、僅かに早口で説明し始めた時だった。  前方に目を向けた途端、言葉を途中で切った執事に少女は首を傾げる。 「リカルド」  そこで初めて少女は執事の名前を知る事になったのだが、問題はそこではない。 「だ、旦那様……!」  執事──もといリカルドが声の主をそう呼んだ事である──。 「旦那様……お初にお目にかかります。つい先程、無事に到着致しました。アイリスです」  少女は彼の顔を見るより先に、ドレスの両端を持ち上げ、深く頭を下げた。 「君が──そうか。僕が書斎に居たから、リカルドが連れて来たんだね。未来の妻の出迎えにも行かない僕を軽蔑したかな?」 「まさか、そんな……私はただ、早く旦那様にご挨拶せねばと…。 あくまで私の我儘に彼を付き合わせてしまったに過ぎません」 「そうか、ありがとう。……どうかその頭を上げてくれないか、美しい人」  許しを得てアイリスが初めて顔を上げると、そこには予想していた『旦那様』とは全く異なる青年が立っていた。  彼女が想像していたような、横柄そうで恰幅の良い男ではなく、寧ろそれとはかけ離れた対極の存在──。  精悍と言われるような顔の造りでこそないが、気品を感じさせる美しい面立ちをしている。  彼の喉元が隆起していなければ、男装の麗人だと言われても信じたかもしれない。  その容貌たるや、始まる以前から一方的に結婚生活に絶望していた事に、アイリス自身が恥じ入らざるを得ない程であった。
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