1926人が本棚に入れています
本棚に追加
/333ページ
「あの薔薇は……? 私、あのような色の薔薇を初めて目にしました」
「はい。あれは大奥様が改良された新種ですので、ブラッドレー家所有の敷地以外にはございません。名前は──」
それまで表情の読めなかった執事が、僅かに早口で説明し始めた時だった。
前方に目を向けた途端、言葉を途中で切った執事に少女は首を傾げる。
「リカルド」
そこで初めて少女は執事の名前を知る事になったのだが、問題はそこではない。
「だ、旦那様……!」
執事──もといリカルドが声の主をそう呼んだ事である──。
「旦那様……お初にお目にかかります。つい先程、無事に到着致しました。アイリスです」
少女は彼の顔を見るより先に、ドレスの両端を持ち上げ、深く頭を下げた。
「君が──そうか。僕が書斎に居たから、リカルドが連れて来たんだね。未来の妻の出迎えにも行かない僕を軽蔑したかな?」
「まさか、そんな……私はただ、早く旦那様にご挨拶せねばと…。
あくまで私の我儘に彼を付き合わせてしまったに過ぎません」
「そうか、ありがとう。……どうかその頭を上げてくれないか、美しい人」
許しを得てアイリスが初めて顔を上げると、そこには予想していた『旦那様』とは全く異なる青年が立っていた。
彼女が想像していたような、横柄そうで恰幅の良い男ではなく、寧ろそれとはかけ離れた対極の存在──。
精悍と言われるような顔の造りでこそないが、気品を感じさせる美しい面立ちをしている。
彼の喉元が隆起していなければ、男装の麗人だと言われても信じたかもしれない。
その容貌たるや、始まる以前から一方的に結婚生活に絶望していた事に、アイリス自身が恥じ入らざるを得ない程であった。
最初のコメントを投稿しよう!