その乙女、婚約

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  「シエル――質問が有ります」  アイリスに瞳を真正面から見据えられると、シエルも彼女の手を離し、聞く姿勢を整える。 「どうしたの?」 「どうして、私を選ばれたのですか?  夜会には殆ど出ませんし、出たとしても私より綺麗なご令嬢は沢山いらっしゃいますし……どうして我が家にお話が来たのか、全く思い当たらなくて」  それは、ずっと抱いていた疑問だった。  時代が変わったとは言え、面識が無いままの結婚も、この国の貴族には何ら珍しい事ではない。  そもそも帝政や貴族階級を残している国自体、この国以外に無いのだが。  しかし、屋敷へ入る当日まで、アイリスは相手が"吸血鬼"とまことしやかに噂される公爵、ブラッドレー卿である事以外、何一つ知らなかったのだ。  名前以外、本当に何も。  その名こそ有名で、世情に疎いアイリスでも知識として知っている程だったが、この縁談を彼女に持ちかけた父親ですら、彼とは面識が無かったらしいのだ。  家柄を考えても、アイリスの実家は落ちぶれた伯爵家。  皇族への謁見の権利くらいは一応有しているが、少なくともここ何年かは大して功績を挙げていない家系である。  皇女殿下の騎士をも務めるシエルには、何の価値も無い事だろう。  それなのに、どうして自分を選んだのか――。  アイリスには、何一つ決定的な理由が思い当たらなかったのだ。 「どうして――って、まさか知らないの?」  シエルは、またしても"心底驚いた"という表情でアイリスの顔を覗き込む。  柘榴石のような、不可思議な色の瞳で。    
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