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もう、終わりなんだ。
「解った……さよなら…健…」
そう言って私は車から数歩後ずさった。
彼がごめん、と呟いた気がした。
そして走り出す車を見えなくなるまで目で追いかけた。
この光景、きっとこれから二度と目にする事はない。
充分に瞼に焼き付ける。
未練がましい女は嫌われる?
ぽつりぽつりと降り出した雨足は次第に強さを増している様だった。
空を見上げながら自分の左手の薬指をなぞる。
そこには付き合い始めた頃、二人で買ったペアリングの片割れが寂しそうに填められていた。
確かに二人の時間は存在した。
それを証明するかの様に。
彼の指にはもう、そのシルシが無くなっていたとしても…。
段々と大粒になる雨の中、麻子は動けずに、視線を地面におとした。
見えなくなった車の残像を思い出して。
泣いてはいけない。
すると、突然視界に誰かの足元が映し出された。
同時に降り注いでいた雨粒がぱたりと途絶える。
ゆっくりと顔を上げるとそこには傘をさした若い男性がいた。
こちらを見つめ、私に傘を傾けてくれている。
何も言えずにただ、黙って彼を見つめた。
数十秒後、彼はこう言った。
「えぇと…とりあえず……泣いとく?泣いてもいいんだよ?恥ずかしい事じゃない…」
この人は、全部見ていたんだ…。
その時私の中には、恥ずかしさやら悔しさやら、沢山の思いが溢れ出した。
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