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月も星さえも見当たらない漆黒の夜に、未だおさまらない衝動を抱えたまま、雅人は静寂に溶け込む曖昧な景色を視界に留めた。
焦点の定まらない虚ろな瞳に映し出された闇は霞がかったぼんやりとした仄明かりで、これ以上、染まりようがないほどの闇に落ちた心を浮き彫りにした。
大きな弧を描きながら広がる灯台の明かりは雅人の姿を照らし出すことはないが、間近にあったなら眼が眩むだろう強い光を見つめるたびに、その脳裏には焼け焦げた記憶が映し出される。
心の深い場所に根を下ろしたその出来事はいつまでも居座り続け、音もなく精神を蝕み、侵食していく。
目の前に広がる海と空の境界がわからないように、現実と虚実の境もまた、雅人にとって無意味に等しいものとなっていた。
指先に生々しく残っている感触は微かに哀しい記憶を蘇らせた。けれど、それは一瞬のことで、脳裏に浮かぶまとまらない思考の隙間を漂い掴み取ることもできない。
まるで夢から覚めたばかりの様に不確かで、本当に自らの意思で行動したことなのか……と、視線を落とし、雅人は黒い感情で汚れた手を見つめた。
この感覚のズレは一体何故なのだろうと思考を巡らせても、頭の中には何も浮かばない。
瞼の奥には記憶の断片として”黒”と”紅”が在るだけ。
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