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遮るものは何もない。雲のカケラも見当たらない晴天の空の下、じりじりと焦げつくアスファルトからは眩暈を起こしてしまうような熱気が立ちのぼり、眩し過ぎる陽射しは瞬きするたびに眼前に漂い、紅く縁取られた青緑色の円をちらつかせて瞼の奥の紅茶けた闇に消えていった。
色鮮やかに輝く緑は息苦しく纏わりつく空気を涼しい顔で受け止めて、穏やかな風にそよぐ。
ただじっとしていても汗が吹き出るこんな時期に引っ越しなどしなければよかったと、彼――望月 雅人(モチヅキ マサト)は段ボールだらけの、まだクーラーすら設置していない狭い部屋の一角に寝転がった。
まだカーテンをつけていない窓は少しでも熱を逃がそうと全開にしているが、鋭角に注ぐ陽の光は容赦なく室内温度を上げていく。
箱だらけで足の踏み場もない現状を前に、雅人がくつろげる場所といえば、台所の前しかなかった。
横になったその頭上で、同じく全開になったドアは影を落とし一見涼しさを感じさせるが、こちらからも肌を冷ます風は進入してこない。
熱気が天井に上がっていくのに比べ、床は幾分か火照った躯を冷やしてはくれるが、やはり気休めにしかならず、雅人は息苦しさを覚えながらも深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
この熱を震わせるのは、生い先短く季節を伝える蝉の鳴き声。
幾重にも重なって響き、何十、何万かもわからないその声はいつ止むことを知らず、雅人の耳を煩わせる。
「あー、うっせ……」
呟いたところで止むものでもなく、諦めて瞳を閉じて寝返りを打つ。
「まーたそんな格好でダラけてるー! 世間の恥だからやめてって言ってるでしょ! もー…――」
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