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聞き慣れた声の主に目もくれず、雅人は蝉よりも五月蝿いのが来たと心中に思いながらも聞こえないフリをしていた。
「まーさーと!? 聞いてるの?」
「聞こえない」
「聞こえてるじゃないの。夕方までに片づけ終わらせるって言ったの、どこの誰よ」
一言発するだけでも体力が奪われるような暑さの中、それは拷問に等しいと言いかけて、雅人はようやく目を開け声の主を見上げた。
「騒ぐな。余計疲れる」
「いつからそんなに軟弱になったのよ。やっぱり都会生活に慣れると、根性までやわになるのね。ていうか、早く服着なさいよ、恥さらし」
「自宅でどんな恰好してようが自由だろ。誰が見るわけでもあるまいし……」
「ここにいるから言ってんでしょー!」
「あのなぁ、華織……」
ドアを全開にしていたとはいえ、勝手に上がり込んできて喚き散らされては反論する気も失せる。雅人の声は喉元に燻り、その奥へと消えた。
雅人が溜め息をつく傍らで、無造作に丸めて窓辺に脱ぎ捨てた服を見つけると、華織は肩越しに振り返り冷たい視線を向け、うなだれた。
いくら暑いからといって、引っ越しの片づけも放棄してパンツ一丁でダレている雅人を見て、昔ならば目のやり場に困る、くらいのことを言っていたかもしれないが、今では呆れて言葉も出ないと、華織は深い溜め息だけついて床の服を拾いあげ雅人に投げつけた。
「あつっ……!」
胸元から腹にかけて飛んできた服は、窓辺から差し込む直射日光のおかげでいい具合に温まり、暑さに負けそうになっている雅人の不快指数をぐんと上げ覆いかぶさる。
すぐさま剥ぎ取り足元に投げたけれど、長時間放置し続けたために熱に晒されたジーンズのボタンは火傷してしまいそうな程に焼けて皮膚の薄い脇腹に直撃した。
「ふん、ざまーみろ」
いい気味だと言わんばかりに、華織は両手を腰元に当て上から目線で吐き捨てる。
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