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(なんとか間に合った…)
背後で閉まるドアの音を聞いて、安堵のため息をつく。
いつも頼りにしてきた目覚まし時計が、今日という日に限って俺を裏切った。
電池を入れ替えたばかりなのに、壊れてしまったらしい。
そいつへの恨みをパワーにして急いで身支度をした後、久しぶりに全速力で駅まで走ってきた。
時間に正確なはずの運行は珍しく少し遅れてて、おかげで俺は予定の電車に乗り損ねずに済んだ。
大抵、俺が身構えて何かの準備をすると、当日になってから色々と予想外の出来事が起きる。
これは単なる思い込みなのだろうけど、予定通りに事が運ばないのはあまり好きじゃない。
とにかく、電車は走り出した。適当な座席に腰を据えて、小刻みに揺れる視界を窓の外に向ける。
見慣れた町並みが遠くなっていく。しばらくは戻ることもない。
故郷の風景に別れを惜しむ暇もなく、電車は間もなく長いトンネルに差し掛かった。
ようやく呼吸が整った俺の胸中を支配し始めたのは、「新たな生活」への小さな期待と大きな不安。
それらを膨らまして止まないもの…幾度と無く目を通したはずの、一通の手紙。
俺は再びその手紙を読み返す。
第一希望だった大学に受かって、高校の卒業に向けて色々と準備をしていた俺の元に届いた、父からの手紙。
今考えれば、こんな紙切れに自分の生活を一転させられている自分がいることに、少し腹が立つ。
でも、もう既に動き出したことだ。今更怒っても仕方ない。
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