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結局、俺はまだ見ぬ兄姉の下へ引っ越すことに決めた。
半ば「決められた」ようなものだが、あくまで自らの意志で行くことにした…と言いたい。
無論、この出来過ぎた話に簡単に乗った自分が今は許せないのだが、父の言う事は間違った試しがないので、タチの悪い詐欺ではないことだけを信じた。
準備をしてる間は父への不満から来る妙な憤りが先行していて、今胸を騒がしている不安など微塵も感じなかった。
高校の卒業式を無事に済ませ、必要な家財を兄姉の家に半ば一方的に送りつけ、役所などで色々な手続きをしていたら、もう出発の日を迎えていた。
そして、今に至る。
自分の決断について顧みたが、それが誤りだったか判断するのはまだ早いと思う。
手紙を適当に折り畳み、唯一の手荷物である旅行鞄の中へ放り込む。
(それにしても、いつになったら着くことやら…)
電車とバスを乗り継いでも3時間半もかかるであろう道のりは、小さくぼやいた俺を不安と緊張の塊に変えるのに充分な猶予を与えてくれそうだった。
そんな気を紛らわす、気の利いた物を探してバッグの中をかき回す。
壊れた目覚まし時計がひょっこり現れたが、無理やり鞄の奥へ引っ込めた。
まず掴んだのは、携帯型の音楽プレイヤー。
そのイヤホンを素早く身につけ起動させる。
聴き慣れたポップスがイヤホンから流れ始める。最近よく聴く、好きな歌手の歌だ。
落ち込んだ時も楽しい時も、例外なく俺を元気づけてくれる歌声が、気持ちを和らげてくれる。
歌手の名前は…忘れた。
でも、独特な歌声だけはずっと耳に残ってる。
次に手に入れたのは、手帳だった。それに挟んであるペンを手に取った時、ふと思いつく。
真っ白のページにペンを滑らす。曲に合わせるかのように、軽快に進んでいく。
この文章を書く行為は、今の気持ちをぶつけるには充分な素材だった。
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