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「――二人とも、ちょっと待って。」
帰路につこうとしていた二人の足を、太一の緊張を孕んだ声が止めるのは造作もなかった。
少し尖った耳をぴくぴく動かし、鼻もしきりに動かしている。
人間の瑞希と草馬はさっぱりだが、太一は何かを感じとりそれを必死に探しているのだろう。
「……太一、どうした。」
なるべく邪魔をしないようにと静かに瑞希が言えば、太一は険しい顔付きで答える。
「…風で血の臭いが届いた。そこまで新しくない…、けど、昨日辺りの血の臭いだと思う。」
昨日。
もう日付は変わったから、表現は違うかもしれないが、夏実の話が本当なら不良の血の臭いかもしれない。
「人間の血…。複数で、混じってる。それが…。」
そこで太一ははっと目を見開いた。
ばっと、瑞希と草馬に体ごと向き直る。
「…かなりの早さでこっちにくる!構えて!」
太一の忠告に瑞希は晴蘭を抜き、草馬は二本のクナイを構えた。
忠告した太一も戦闘態勢に入り、三人で背中合わせをする形になった。
静かな空間が、嫌に緊迫した雰囲気を浮き彫りにする。
三人は静かに呼吸を整え、合わせた。
「…近付いてくるって、妖怪か?」
草馬の言葉に、太一は唸るように答えた。
「……妖怪、なんだろうけど。血の臭いが強くてどんな妖怪かわからない…。」
でも、と太一は眉をひそめた。
臭いの元が、近付いてくる。
「ほんの少しだけそのものの臭いがわかるんだけど…。なんだろう、知らない臭い。今まで嗅いだことない臭い。」
この世にはまだ知らないことは山ほどあって、このようわからない臭いがあって当然。
少なくとも、今まで嗅いだことはないと、太一は告げた。
「…蛭や蝙の類か?」
瑞希の問いに太一は首を左右に振った。
「違う。それだったら嗅いだことあるから。」
そうか、と瑞希は呟く。
ならば血を好む別の妖怪か。
そんな思考を廻らせていると、太一が警戒を強めたのがわかった。
「……近い。」
そして、瑞希も草馬も感じた。
血の臭いではないが、人じゃないものの気。
晴蘭の柄を握り直そうとした瑞希は、ふいに違和感を感じた。
草馬も同じらしく、怪訝な顔でクナイを構えている。
確かにこの気は人じゃない。
ないから、妖怪と捕らえてもおかしくないが、微妙に違うのだ。
いつかの蠱毒の気配とも違う、妖怪と似ているようで微妙に違う気。
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