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「汝らを縛る戒めを解き放さんとする者は、神の息吹、神の声、神の御手を喚ぶ謡い人…。」
瑞希が厳かに詠唱し始めた刹那。
「――へぇ、それがこの国の魔術ですか。」
唐突に、声がした。
それに驚き、瑞希が瞠目して後ろを向くと、若い男が肩越しに覗き込んでいた。
気付かなかった。
術の詠唱中でも警戒はしていたのに、後ろを取られたことに気付かなかった。
こんなに近くにいるなら、結界をなんらかの方法で通り抜けたかしたはず。
それすら気取らせなかった。
瑞希はすぐさま驚きを拭い去り、両手を地面につけて足技を男に繰り出した。
「おっと。」
男はふわりと浮くように後ろに飛び退いた。
瑞希は立ち上がり、地面に刺しておいた晴蘭を抜き構えた。
刃を男に据える。
「……すまん。術が中断されて治せなかった。」
草馬と太一に、瑞希は振り向かずに言った。
「そん、なこと…!」
振り絞るように草馬が言って、太一と揃って意地でも立ち上がろうとする。
だが、やはり思うように動かないらしく草馬は歯を食い縛り、太一に至っては両手を地面について体を起こすだけで精一杯らしい。
「無理に動くな。……私ができるだけ相手をする。」
「安倍!」
草馬の咎める声を無視して、瑞希は前へ一歩踏み出した。
結界は、一部破られていた。
ちょうど男の身長ぐらいに、まるで紙が裂かれるように見事に切られていた。
これでは結界の意味がないと瑞希は舌打ちして、結界の残骸を消した。
「……貴様、何者だ。」
そう言って、瑞希は男を観察する。
長身の若い男。
深く藍色の外套のようなものを纏っていて、首から下はよくわからない。
見える顔は、上品さを感じさせ整っているが。
瑞希はすっと目を細めた。
肩に届く長さの波打つ金髪に、紅い瞳。
髪だけなら外国人と説明できるが、少なくとも瑞希は紅い瞳を見たこともなければ聞いたこともなかった。
ぎゅっと、瑞希は柄を握り直した。
紅い瞳以前に、この男は人の気配がしない。
妖怪と同類だ。
だが、微妙に違う。
先程感じた気配の元はこの男とわかったが、直接対峙してもその違和感は解決しなかった。
「もう一度聞く、貴様は何者だ。」
すると男は一度瞬きをして、流暢な日本語で言った。
「もし、答えなかったり嘘の答えを言ったらどうなります?」
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