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「貴様…!」
獣が唸るように草馬が言うと、男は瑞希の体を横抱きにして優雅に笑った。
「いい加減、失礼させてもらいます。この方は…、そうですね。必要がなくなり気が向いたら返します。」
体にのしかかる重圧を無視して、草馬は叫んだ。
「…っ瑞希はものじゃない!!」
そんな、瑞希を荷物のような言い方をするな。
瑞希は怒るし笑うし、泣く人間なのだ。
とても優しい心を持った、人間。
だからそんな言い方は、すごく頭にくる。
ずんと、重圧が大きくなった。
一瞬でも力を抜いたら、起き上がれないくらいに。
意志に関係なく顔を伏せてしまった草馬は、男が愉快そうに笑う声を聞いた。
「ものじゃない?私は別にこの方をものとして扱った覚えはありませんよ。そう扱ったと言うならあなたの方でしょう。」
「何を…!」
声を荒げかける草馬を遮り、男は言った。
「瑞希を返せ、返せと。あなたもそんなこと言える立場じゃないんじゃないですか?いくら大切な仲間でも、この方はあなたのものではないのだから。」
「…っ!」
正論と言えば正論な言葉に、草馬は下を向きながら二の句が継げなくなった。
「選ぶのはその人自身。いくら選択肢を与え、きてほしい道を示しても、最後に決めるのは本人。」
「……違う…!」
力を込めて、草馬は顔を上げた。
男の腕にいる瑞希の白い横顔を金色の瞳で見つめて、草馬は揺るがないという響きを纏った声音で言った。
「俺は、選択肢を作ることはしても、きてほしい道を示すことはしない!」
きてほしい道とは、自分の欲。
巻き込みたくない。
巻き込まない。
「俺はそいつの意志を尊重する!そいつが望んだ道なら、俺はついて行く!」
隣に。
瑞希の隣に。
ついてきてもらう必要はないのだ。
自分が、ついて行けばいい。
隣に並べばいい。
「だから俺は、俺の道を返せと言ったんだ!」
瑞希は道標。
もちろん、そんな枠じゃ収まらないほど瑞希の存在は大きい。
だけど瑞希は瑞希のものだ。
だから瑞希という道標を返せと言った。
屁理屈だと、自分でも思う。
実際、男は鼻で笑った。
「面白いことを言いますね。…じゃあ、あなたは。」
紅い瞳が、笑った。
鋭い犬歯が見えた。
「――ずっと、この方を道標にして逃げるのですか?」
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