祖父の記憶

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 僕はいわゆるじいちゃんっ子だった。  家族で海外旅行がごくあたりまえの裕福な今の世の中とは違い、夏休みや冬休みといえば親戚や祖父母の家に何日も入り浸るのが恒例だった時代だ。僕みたいに、幼少時代を両親以上に祖父母に厳しく優しく育ててもらった者は多かったはずだ。  いつも遊びに行っていたのは父方の祖父母の家だ。僕の家から国鉄を利用して一時間程度離れた町に二人で住んでいた。僕は五人家族の長男で、二つ上の姉と三つ下の弟がいる。父は当時では珍しく一人っ子だったため、祖父母にとっての孫は僕たち三人だけだった。  じいちゃんは僕ら三人兄弟を等しく可愛がるほど器用な大人ではなかった。なぜかは分からないが、じいちゃんが僕を特に気に入っていたのは誰の目から見ても明らかだった。それは幼い僕自身が自覚するほどだった。  祖父母の家に遊びに行くと、なにかにつけじいちゃんは僕に声を掛けてきたものだ。 「ヒロ、お菓子買って来たぞ」 「ヒロ、庭掃除を手伝え」 「ヒロ、市場に行くぞ」  じいちゃんと外に出掛ける時は要注意だ。ただでさえ自転車を乗り回すことの爽快感に目覚め、二足歩行に対する嫌悪感を抱き始める年頃なのに、昔の人はよく歩く。目的地も知らされぬまま、坂の多い町を連れ回されて延々と歩かされる。もっとも、目的地を知らされたところで、土地勘のない少年には何の気休めにもならなかっただろうが。  当時の僕にはじいちゃんと行くこの長距離散歩が内心苦痛でならなかった。しかし、日頃から不平を口にしない性格の僕は、それでもいつも嫌な顔ひとつせずじいちゃんの誘いに応じていたと思う。
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