祖父の記憶

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 ある日、僕がじいちゃんに連れられて散髪しに行ったときのことだ。多感な少年にとっては馴染みのない床屋で自分の髪を切ってもらうのは気が進まないものだが、結局はいつものように嫌な顔ひとつせずに一緒に行くことにした。しかし、その日の僕はことさら機嫌が悪かった。 「背中がチクチクする」散髪を終えた後、切った毛が入り込んだせいで背中が痛痒かったことに苛立っていた僕は、帰りの道中で不満を漏らした。 「どれ、見せてみろ」じいちゃんが僕の背中を覗いてみる。これでどうだ、ときいてくるが変わらない。 「まだチクチクする。痛いし痒い」背中を掻きむしりながら、僕は駄々っ子のように言った。暑い中たくさん歩かされた疲労もあったのかも知れない。するとなかなか収まりがつかない僕の態度に業を煮やしたじいちゃんは、道端で突然有無を言わさず僕の短パンとTシャツを脱がせてそれらをパンパンと掃い始めたんだ。  僕にしてみれば人前でパンツ一丁にさせられたのだからたまったもんじゃない。まだ世間の荒波に揉まれたこともない純粋な少年にとっては恥ずかしいことこの上ない。不満を解消しようとしてくれているのは理解していたが、そんなやり方はないだろうと僕はじいちゃんを睨み付けたんだ。  だが、僕はすぐにそれが自分の身勝手な考えだと気付かされた。じいちゃんが真剣に髪の毛を取り除こうとくれていたのは僕の目から見ても明らかだったからだ。一刻も早く服を着せてもらいたかったが、じいちゃんの必死の形相を見ていると、とてもそんなことを言える状況ではなかった。  あの時のじいちゃんの横顔は今でも鮮明に覚えている。
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