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詩織は答える。「怪我なんてしてないわ」
僕は苦笑を浮かべながら、彼女の右手をとり、引き寄せた。詩織の人差し指の先から、眩しいほどに赤い血が溢れて、キッチンの床にぽとりと音を立てて落ちた。
「その……。心配させたくなくて」
詩織が恥ずかしそうにうつむく。「そんな事気にしなくていいんだよ」と、僕は呟く。
僕は持っていた絆創膏を取り出した。詩織の口が、驚いたのかポカンと開いた。
「怪我してたってわかってたの?」
「ああ」
僕は頷いた。「嫌な予感がしたんだ」
詩織は少し不思議そうに首を傾げていたが、それ以上何も言わなかった。詩織がそういう反応を見せる事を、僕は知っていた。
「これで良し」
詩織の人差し指にしっかりと絆創膏を巻いてから、僕は優しく詩織の肩を叩いた。詩織が幸せそうにはにかみながら、小さく頷いた。
「片付けを手伝いたいけど、僕は仕事に行かなきゃ」
「自分で片付けるから大丈夫」
「悪いね」
「やったのは私だし、あなたには手伝わせられないわ」
詩織の言葉に小さく頷いてから、僕はキッチンを出た。ベッドの脇に置いてある大きめのビジネスバッグを抱えて、玄関へと向かう。
狭いキッチンで割れた皿を片付ける詩織と、少し体が触れた。詩織が僕に顔を向けて、
「気をつけてね」
と、優しく笑った。
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