89人が本棚に入れています
本棚に追加
遠くを見ると、王都全体が見渡せる。
東の山の中腹にある主神殿の明かりと思われる光まで見えた。
王都の明かりはぼんやりと温かい。
少し前に黒檀塔から見た景色と同じだ。
「この景色を守っているんですね…」
「君らもだ」
シィンは律儀にこちらの小さな呟きに返す。
「と言うより…この国を守っているのは、今のこの国に守る価値を見出だしている者、皆だろう…」
ふとシィンを見返ると、こちらを見た。
「ここが平和なら守られるものは多い…少なくとも俺はそうだ」
「俺は…ひとりです。守るものがありません」
「らしいな、身上書に身寄りはなかった」
そう言ってシィンは尖塔に身を預け、目を閉じた。
ふ、と空気が立ち止まったのが判る。
1拍置いて、カィンは愕然とした。
王都全域の屋外を…サイゴクを使わずに探っているのだ!
軽いめまいを覚えて外壁に身を預けた。
なるほど、これは律法部要らずだ…きっと彼らが知ったら職場放棄したくなるに違いない。
これは昼間探ったことは無駄だったかな、と溜め息を漏らしていると、声がかかった。
「君のサイジャクを見せてくれないか」
もう終わったのかな、と振り返ると、探索の網は消していない。
器用と言うか有能すぎる。
「サイジャクなんて持ってませんよ、必要ありませんから」
逆に彼は必要だろう。
どれだけ今、有能だろうと、これだけの風の力を有しているのだ、害として、例えば人声などが防ぎようもなく届いたりする。
自分ですら幼い頃、サイジャクを必要とした。
「…では、サイセキを見せてくれ」
「サイセキ?」
そんなものは持っていない、と言おうとしてふと引っ掛かるものがあった。
幼い頃から持っている石がある。
小さいが、あれは確かにサイセキではあるはずだ。
首もとから取り出して、外した。
渡そうとすると、シィンは一目見て、いい、と言った。
「今はまずい」
カィンは親指の先ぐらいしかない小さな黒碧石を目前に掲げて、無意識に首を傾げた。
あまり感知能力は鋭くないが、自分にはたいした力は感じられないのだ。
だがまあ、今はいいと言うのだからと、元のように首にかける。
「それはいつから持っている?」
「子供の頃から。祖母に貰ったんですよ」
見事な黒髪の美しい祖母だったと子供心に覚えている。
そして印象的な黒瑙の瞳。
「…明日…いや、明後日の暁の日、土の宮に来てくれ。職場には俺から話を通しておく」
最初のコメントを投稿しよう!