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カァン…、と尖塔内に幻音が鳴り響いた。
しばしその余韻を確かめたあと、少年は立ち上がって上方をぐるりと見回し、満足そうに頷いた。
鎮守…結界補正の儀式は問題なく成されたらしい。
少年は後ろを振り向き、灰色の円柱が支える尖塔の中を、シィンの方へ、つまり出入り口の扉へ向けて歩き出した。
まだあどけない少年の顔に、シィンは我知らず微笑みを浮かべていた。
少年もすぐにシィンに気付いて、ふわっと花のひらくごとき笑顔を見せた。
「シィン!来てたの?久し振り!」
走って距離を詰めるのを愛しげに眺め、シィンは、ああ、と応えた。
「アークが神殿に泊まるから、警護の確認に行く」
すると少年…ルークは、ますます輝くばかりの笑顔を見せ、歓声をあげた。
「アークが神殿に来るの!? ひと月振りかなあ…」
その喜びようをやや複雑な気持ちで眺め、シィンはルークを外へと促す。
外に出ると、待っていた騎士たちに前後を護らせながら、北門へと共に足を向ける。
「面倒な案件もあるにはあるが、まだ15歳だからな、奥の院で安まるならこの週末ぐらい王城を空けても構わないだろう」
近いしな、と続ける。
奥の院は、王都の東の山腹にある。
今彼らが居る神殿は人前での祭儀を行うための表神殿で、言ってしまえば観光用。
奥の院こそが主神殿で、先程の儀式は、王都中心部にあるこの表神殿に目印の楔を打ち、奥の院で仕掛けた結界術が正しく王国を覆うよう、範囲の補正を行ったのだ。
そうした楔は王国全土に点在し、ルークはこの国の祭王として、定期的に国内を巡視している。
今は結界の要である奥の院で、休養と結界補強を行っている。
奥の院がある場所は、鎮守の結界に都合のよい黒土の力を、発現させやすいのだ。
「それで…彼女はいいが、お前は大丈夫なのか?」
確か先の巡視では、楔の要に使っていた黒土石が位置をずらされ、修正に徹夜を余儀なくされたと聞いている。
その巡視から帰って、まだ1日。
気遣わしげなシィンを見て、ルークは幸せそうに笑う。
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