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「即位から数ヵ月経ったし、15歳にもなれば婚約者がいてもおかしくはないだろう。第一、その王子はあくまで婚約者候補だ。他にも数人の名が挙がっていて、今はまだ選考中だ。終われば双王同時に知らせることになっていた。候補以前の名を明かしたのは誰かは知らんがそいつの落ち度だ」
「で、僕には大事な従妹の夫候補を見極めることすら許されていないわけだね?」
表情はただひたすら悲しげではあるのだが、そこにある何かが、彼の怒りが頂点に達しようとしているのを教えてくれる。
戦々恐々としている様子を悟られないよう、シィンが、慎重に口を開いたその時。
「ごめんなさいぃ!」
不意に上がった声と共に、女の子の泣き声が響く。
シィンと神殿騎士たちがぎょっとして身構えるなか、ファイナがそっと立ち位置を変えて後方を見返った。
そこにいたのは、ふぅわりした薄い青髪の、涙を青眼にいっぱい溜めた少女。
その素性を知る神殿騎士たちは息を呑んだ。
水の宮公カリ・エネ・ユヅリの妹君、サリ・ハラ・ユヅリ。
水簾の君の異名を持つ少女である。
そういえば先ほどちらりと名が上がっていたなと思うシィンだが、泣いている意味が判らない。
「サリ殿?謝罪の理由を説明してもらえないか?」
するとぽろぽろ涙を溢しながら両手で服を握りしめる。
「第2王子のお名前アークさまとファラさまに言ったのわたくしですうぅ」
ううううぅ、とぐずぐず泣くサリの周囲では、徐々に空気が重くなっていく。
空気中の水分が増しているのだ。
靄が掛かりかねないその空気を感じ取った全員がシィンを責めるように…被害妄想かもしれない…見る。
水簾の君の異名は大仰ではない。
放っておけば確実に神殿中が水浸しだ。
「いや、そもそもサリ殿に洩らした軽率な者がいるはずでは?サリ殿がファラに相談するのもアークに告げたのも親友を案じてのことならば…」
彼女の行動を推測で言っていると、サリは泣くのを止め、しばらくシィンを凝視したあと、再び叫んだ。
「お兄さまがうっかりわたくしに話してしまってごめんなさいぃ!」
サリが兄と呼ぶのは恐らく、ユヅリ家の家督を継がせるため、現ユヅリ家当主が弟夫妻から譲り受けたイズラ・イル・ネハナ・ユヅリのことだろう。
人は好いし芯の通った人物ではあるのだが、自他ともに認めるうっかり者だ。
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