Mysteriouslovers

2/3
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
  久美子が馨と居ない時は大体がこの場所にいる。久美子という人間は所謂バイセクシャルであり異性をスキになれないという訳ではなかったが現時点では久美子は馨以外に興味は無かった。埃臭いこの場所で待ち合わせるのは背の高い見慣れた紳士。初老のその男はいつだって皺一つないスーツに身を包んでいる。久美子はこの男が嫌いだった。男の鉤鼻が苦手で仕方なかった。 初老の男は久美子の痩せた腕を掴んだ。久美子はその時ばかりは石になる。石になったつもりでいる。何も感じずただ蹴られて排水溝に落とされてしまう運命にある悲しい石に、なる。 初老の男に幾度となくナイフで突かれているようだ。久美子はそう思った。 ナイフで突かれる度に赤を流すのは突かれた部位ではなく 久美子自身なのだ。 初老の男がいつものように久美子の顔に吐き出した。そして久美子は ソレをねだる。ソレを入れるべきではない場所にゆっくりとゆっくりと何粒でも何mgでも入れていく。そこからソレが浸透して身体中に染み込めば久美子はようやく解放されていく。 そして初老の男は再び久美子をナイフで突き殺す。 だが久美子はもうここにいない。久美子は馨の側にいる。 久美子はもう、ここにいない。 初老の男は久美子の身体によかったよと一言告げて久美子の無骨な財布にソレを入れてその場を去っていった。 久美子の手が馨を呼んだ。 「…久美子」 「馨」 「居るよ」 「馨、馨」 三度目のコールで電話が切れればHelpの合図。馨がキれたその合図。久美子は今まで色んなクスリをやってきたけれど1番酷い依存と浸食は馨だった。 馨は下半身裸の久美子を背負う。軽すぎる身体に馨は片手で支え器用にメンソールの細い煙草を取り出した。はしゃぐ背中の上の恋人に一喝すれば 火の着いた細いソレ。馨が依存していたものはメンソールの細い煙草と分厚い本、そして久美子。小雨がぱらつく細い路地を紫煙が一筋通っていった。 久美子の譫言を馨は半ば呆れながら少しばかり安堵を覚え何も言わずに聞いていた。 やめる事は出来ないのだろうけどこんな雨の日に呼び出されるのは勘弁願いたい。 そう言えば久美子は笑った。 ならば次からは天気を見て助けを呼ぶね 馨は首を振る。 何も言わないけれど首を振る。 もう殺されるのは嫌なんだ 殺されるのは、嫌なんだ。 久美子は高らかに笑った。 馨は紫煙を吐き出した。  
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!