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馨が恭介の事を嫌っている理由はいくつかあるが1番大きな理由は単純なモノだった。無駄なモノを忌み嫌う馨。そう、血の繋がったモノ同士のこの行為。
恭介は言う。切れない絆は血にあるのだと。馨は首を振る。何も言わずただ揺さぶられながら首を振る。
実家はガラクタ屋を抜けて畑を通った先の小さな民家。庭には朽ちかけた桜の木がふたつ。馨はそこにいた。恭介と共に。
母親を好いていた馨はその場所がスキだった。そう、スキ“だった”。
「兄貴」
「名前で呼んで」
「―兄貴」
恭介は泣き叫んでいるようだった。表情は変わらない。ずっと薄い笑みを浮かべているが馨には解った。そんな風に泣かないでほしい。馨は思う。泣かないで、泣かないで。突き放せなくなるじゃないか。
何よりも誰よりも弱い生き物はきっとこの男だ。涙の枯れてしまったこの男だ。馨は生理的な涙を浮かべ恭介を哀れんだ。
哀れな男だ。
私はお前を愛しているよ。そう、兄として。馨は泣ける。この男は表情すら自由に変えられる事が出来ないのだ。
その同情とこの行為が 1番の無駄。
無駄を忌み嫌う理由であり忌み嫌う無駄がこの一連の自らの行為。いっそのこと殺してくれないか。深く突き刺さる性器を馨は刃物に見立てて呟いた。
「じゃあ」
「またね」
「もうこない」
“来ない”“会わない”何度となく繰り返した。しかし馨は忘れた頃にここへ来る。その理由を恭介は知らない。母への愛と兄への同情を捨て切らない馨は愚かで残酷で優しいのかもしれない。
母のスキだった桜の木。
今はもう咲かない桜の花。
今はもう、泣けやない、恭介。
ここまで考えて一つだけ馨は気付いた。
そういえば私も何年も泣いていない。
オトナに分類されてからは もう何年も泣いていない。
それはきっと病の一種なのだろう。
オトナなんだから 泣いてはいけないよ。
まるで呪文だ。
「ごめんね」
今はもう何もいない 古ぼけた犬小屋に声をかけて 錆び付いた門を開いた。
何度、繰り返すのだろう。
オトナになって何が変わった?泣けなくなった。少しだけ体力が落ちて階段が辛くなった。ただ、それぐらいの事だろう。
馨は久美子に電話をかける。
三回だけコールして電話を切った。
いつもと真逆な状況に久美子はきっと笑うのだろう。
馨はその場に座り込んだ。
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