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「よし! 決めたよ、曽良君! 私は今日から変わる! 過去の自分を捨てて、かっこいい俳聖松尾芭蕉になるよ!」
そして、いきなりそんな事を言い出した。記憶喪失になっている今なら確かに変われるかもしれない。
でも、なぜだろう。芭蕉さんの言葉がうれしいはずなのに、なぜか変わってほしくないと思っている自分がいる。
このまま変われば良い俳句をたくさん読んでくれるかもしれない。あのひ弱なダメ男ともおさらばかもしれない。
けど……僕は……
ひ弱なダメ男、毎回スランプでいる芭蕉さんがいい。
僕がいないと何をやってもダメな芭蕉さんがいいんだ。
そう思った瞬間、手がでていた。
芭蕉さんはいきなりの不意討ちに避けられず、ビンタをもろにうけた。「あぶしっ」と一声あげ、地面にどしゃっと倒れる。
僕は来た道を戻り、またあの宿屋に芭蕉さんを引きずっていく。店員さんがまた? みたいな目で見ていたが、気にしない。
今度は記憶が戻っていることを願いつつ、一服して待つ。
「……いたたた……あれ、ここは?」
「目が覚めましたか」
「あ、曽良君。私、寝てたっけ?」
「いきなり道で寝るから、僕が嫌々運んであげたんですよ、嫌々」
「いや、二回言わなくても十分嫌々ってのは伝わったから。……って君のせいでしょ!」
「うるさいですね」
僕が手をあげると、芭蕉さんは「ひぃ」と縮こまった。
ああ、いつもの芭蕉さんだ。僕はつい顔を緩めてしまったようだ、芭蕉さんの顔が余計に青ざめた。ときどきはスッキリしてないときにも笑いますよ。
記憶喪失
END
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