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「何を言ってるんですか。僕は曽良、あなたは松尾芭蕉でしょう」
「あ、私って松尾芭蕉って名前なんだ」
「何を今更。もう一発ビンタくらいたいんですか?」
「いや、冗談じゃなくて、本当にわかんないんだって! えっと、曽良君……だっけ。なんで私は君とこんなところにいるの?」
…………。僕のせい、なんだろうな。もうちょっと加減すればよかった。そうしたら、こんなめんどくさいことにはならなかったのに。早く思い出してもらわなくては。
「あなたと僕、二人で旅をしているところですよ。忘れたんですか?」
「う~ん……どうやら……私、記憶喪失になっちゃったみたい」
てへっと笑って頭をかく芭蕉さん。こんなときはショック療法しかないな。
「芭蕉さん、悪く思わないでください」
僕はすくっと立って芭蕉さんに近づき、ビンタをくらわそうと手を降りおろす。
「わっ! いきなりやめてよ曽良君!」
僕のビンタを芭蕉さんは紙一重でかわした。不意の動きに僕は少し目を開いてしまった。
「ちょっと! なぜにいきなりビンタ!? 私、何かした!?」
僕を見上げながらビビり顔で言う。まぁ、いきなりではそうなるか。しかし、まさか芭蕉さんにかわされるとは。
「記憶喪失にはショックが一番と言うでしょう」
「た、確かに言うけど、君の顔が本気だったよ!」
立ち上がって僕に指を指してきたので、その指をつまんだ。いたたたたと声をあげる芭蕉さん。
「もしかしたら、旅をしていたら私の記憶が戻るかもしれない!」
「そんな時間がかかるやり方よりショック療法の方がいいですよ」
「いやだよ! 曽良君、怖いもん」
…………記憶がない芭蕉さんは少しうざいな。早く戻ってもらわないと楽しみが減りそうだ。
僕達は宿屋を出て、平らな道を歩いていた。
ときどき僕が芭蕉さんにこれまでの事を話した。俳聖のくせに変な俳句しか作らないことや、性格が悪いことなどを。それを聞いた本人は「わ、私って……ダメ男だったんだね」と呟いていた。
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