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最近、恋人のシンさんが『にゃー』としか言わなくなった。
ことの発端は、たしか二人で動物とかが出て来るテレビを見ていた時。
俺が猫を指差して、『可愛いよね』って言ったら、シンさんはテレビを見つめながらニッと笑って、『じゃあ猫になってあげようか』と。
それから、俺はシンさんの『にゃー』以外の言葉を聞いたことがない。
家の外では普通に喋ってるんだろうけど、元々シンさんはあんまり外に出ないし、一緒に外なんて行かないし。
今までずっと一緒に暮らしてきたから、だいたいどういう時に何をしたいのかわかるし、とくに困ることもない。
夫が『ん。』って言っただけで奥さんが醤油を渡す、みたいな。
シンさんが『にゃっ』と言っただけで俺がアイスを持ってくる、みたいな。
とにかく不自由はなかったし、夜とか(たまに昼間)にゃあにゃあ喘ぐシンさんもそそられるし。
べつに嫌な訳じゃなかったのに…
―――――――夢を見た
起きたら、いつも隣で寝てるはずのシンさんが居なかった。
びっくりして、怖くて、部屋を出て大きな声でシンさんを呼びながら探して。
そしたらシンさんは冷蔵庫の前に居た。
「にゃー」
呑気な顔で笑うシンさんがすぐ傍に居るのが嬉しくて、抱きしめてた。
「にゃ?」
「っ…お願い、お願いシンさん。ちゃんと喋って」
「―――……コウ?何、どした?」
やっと言った…俺の名前。
「……夢…見たんだ…」
「夢?怖いやつ?」
「うん…すっごい怖いやつ」
「そっか、どんなの?」
さっきより力を込めて、強く抱きしめる。
そしたら、シンさんも俺の背中に手をまわしてくれた。
「……シンさんがね、ホントに猫になっちゃう夢」
夢の中のシンさんは真っ黒で、綺麗な金色の瞳をしてた。
突然猫のシンさんが俺から離れていって、俺が何度『待って』と言っても聞いてくれないんだ。
『にゃー』ってシンさんが鳴くのに、シンさんが何を言いたいのか全くわからなかった。
どんどん離れていくシンさんを追い掛けられず、不安で頭がいっぱいになって眼が覚めた。
「うん、怖かったな…」
まるで子供をあやすみたいな口調でシンさんが言う。
「大丈夫、猫になったりしないよ。コウと話せないのも、えっちできないのもつまんないしなぁ」
「……どうしてそういう話にもってくの」
「ホントのことだろ?」
そりゃあ嫌だけど、さ…。
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