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なんとかの一つ覚えとでもいうのだろうか、泣きじゃくるあやの手を引き、皇士郎は庭に出た。
寒さをやっと抜け出し、ついこの間まで強くかおっていた梅の香も、そよ風に運ばれればやっと匂うころ。
庭のあちこちに花が咲き始めた。
なんとか、は小さい方もそうで、鼻緒に足をひっかけた途端、ぴたりと泣き止んだ。
袖で目をごしごし拭った目をぱちくりさせて、皇士郎の顔を見上げた。
あやは、にへらっと笑い、
「あっちー」
と、ある一点を指差して繋いだ手を引っ張る。そこに行かなきゃこの世の終わりとでもいうような引っ張り方である。
皇士郎は素直に引っ張られるままついていく。いつものことだ。
紫から白へ、花弁の色を段違いに変える花が群生している前に、あやがしゃがみこんだ。
鼻先がくっつくくらい近づいて、じっと凝視していたが、すぐにぐんと顔を上げて皇士郎を見た。
「おだまき」
「おだまー」
「き」と、付け足してやると、
「い」と、笑う。
つられて皇士郎も頬が緩む。
「見てみろ」皇士郎もあやの横にしゃがみ込んだ。「糸巻きに似ているだろう」
花を指さして教えているのにもかかわらず、あやは首を傾げてじっと皇士郎の顔を見つめている。
「なんだ」
にこ、と、あやは目を細める。
「こーうたん」
あの馬鹿が『皇ちゃん皇ちゃん』と呼ぶからだ、と皇士郎はため息を飲み込む。
「なんだ」
細まっていた瞳が、ぱち、と大きくなった。
「こうたん!」
「……だからなんだ」
「えへへー」と肩を上げて、「こうたん」
……終わりがみえない。
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