名も無き花

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「受け入れてくれた、か」零は、深い溜息をついた。「お前はどこまでおめでたい女なんだ」 「ど――」  ういう意味よそれ! という抗議は、零の悲痛な表情に飲み込まされた。  あまり見せない厳しい視線を向けられ、彼女はびくりと首をすくめた。 「鷹遠はお前を欲しがっていた」  言葉が出ない。 「同時に真理を処分したがっていた」  身動きがとれない。 「真理は聖母の椅子が欲しかった」  零の視線ひとつに射止められていた。 「同時に殺女を処分したがっていた」 「そんな!」  あやのことを言われて言葉と動きが戻ってきた。 「それだけのことだ」  ぐん、と零に身を乗り出す。 「そんなことないわよ!」  零の顔から、す、と表情が消えた。 「心も読めないお前がどうしてそう言い切れる」 「真理ちゃんも鷹遠くんもそんなこと思ってるはずないもの!」  零はゆっくりとかぶりを振る。 「理由になっていない。誰も彼も信用しすぎるな」 「そんな寂しいこと言わないでよ!」 「みな、お前のように正直に生きていける強さを持っているわけではない」 「そんなこと聞きたくないよ……」 「お前だって、殺女に何をした。皇士郎に会いたかったお前は、殺女から母親を取り上げたのだぞ」  彼女は目を見開いて、は、と息を飲んだ。 「や……」  耳を塞ごうとする彼女の手をそっと掴んで、柔らかに握った。 「美智子、それが現実だ。理想を追いたくば、現実から目を背けるな」
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