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「ぷっ」
いきなり、鷹遠が吹き出した。腹を抱え、こらえきれない、とでもいうように、背中を丸めてしゃがみ込んだ。
「な、なんだよ」
なんかものすっごくあくどい企みを暴露されるのかと思っていた獅ノ介は、眉根を寄せて後ずさる。
「『あーのっ、猫っかぶり!』」
「は?」
鷹遠は笑いを収め、顔を上げた。
「――ってよ、美智子が膳をひっくり返しやがった」
「はあ?」
これでもかと不機嫌に顔を歪める獅ノ介に、鷹遠はまた思い出したのか、ぷっと吹出す。
「ありゃァ、ホントに女かァ?」
「……だからなんなんだよ」
「お前が、髪伸ばして一之瀬獅ノ介やってたのも、今そうやって」
鷹遠はくいっと顎をしゃくる。
「女物の着物まとって一之瀬従者やってんのも、美智子からすりゃあ、ただの『猫かぶり』ってこった」
猫かぶり。と獅ノ介は、胸の中で反芻する。
「どんな名前を名乗っても、どんなに姿形変えても、周りにどう振舞っても、おまえっつう中身はいっこっきゃねェ」
いいかげんで怠けたいくせに、変なとこクソ真面目だから怠けられないで、短気で、強情で、実は駆け引きなんかできないから、まーったく後先考えられない、と、鷹遠は指折り数え、
「そいで、根っから」ニヤリ、と笑う。「優しい」
「な!?」
鷹遠は立ち上がった。
「俺ァ、おまえが嫌いだ。おまえが五十嵐にいたころから、大嫌いだった」
感情が追いつかない。
知ったように言われたことに腹を立てたいのに。
嫌いと言われたことにせいせいしたいのに。
自分という一己を認められたような気がして、否定されたような気がして、
「って、美智子に酒の勢いでゲロってた。口説こうと思ってたのによォ。美智子もケロッと『私も大嫌い』だと。『だけど、大好きよ』ってさ」
胸が張り裂けそうだった。
『みんな好きなのよ。だってみんな同じなんだもの。憎んで泣いて、愛して泣いて、怒って泣いて、悲しんで泣いて、喜んで泣いて、そうして笑って――馬鹿馬鹿しいくらい同じ』
彼女の声が聞こえてくるようだった。
「『みんな大嫌いで、みんな大好き。しのちゃんも鷹遠くんも。たったひとり除いて、みんなね』だとさ」
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