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「駄目だ」獅ノ介は首を振った。「それだけは絶対に駄目だ。零くんだって同じことを言うだろう」
獅ノ介は目を閉じて、細く長く息を吐いた。こらえきらない感情を体の外ににがすかのように。
「どうしてだよ。俺の子だぜ。かすみもあやも権力なんてどうだっていいと思うに決まってる。争いは起こさない」
「理由にならない。俺も零くんも跡目なんかどうでもよかった。まして、正統な嫁候補のほう――かすみは身体が弱いそうじゃないか」
「だが――」
食い下がる鷹遠を睨み、胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。
「俺と零くんがどんなふうに生きてきたかわかるか」
鷹遠は、は、と息を吸った。
「本人たちの気持ちなんてお構いなしさ。周りが勝手に利用しようと企て、本人たちの手の届かないところで刃を向ける」
獅ノ介は奥歯を強く噛んだまま、
「零くんが生まれたときに、俺が死んでいれば、零くんは、誰からも命を狙われず、大切に育てられた」
抵抗しない鷹遠をさらに強く押し付けていた。襟をつかんでいる拳の力加減がわからず、わなわなと震えている。
「自分のせいで、零くん――大切なひとの心が失われていく。お前はそんな恐怖と辛苦をこどもたちに味あわせるのか」
お前もわかるだろう、と、獅ノ介は、襟を離した。
「位置が高ければ高いほど、自分で死ぬことは許されない。自分が死ねば、あとからどれだけの人数が詰め腹を切らされるか」
生かせばふたりとも生き地獄だよ。
そんな言葉が、ほろり、唇から落ちた。
鷹遠は何も言わなかった。何も言えるはずもなかった。三代橋当主として、第三位の地位をもってしても、止められなかった争いなのだ。
沈黙が風になったころ、蔵の扉がきしんだ音を立てて開いた。
「あら、しのちゃんと鷹遠くん」
からりとした声に、どうしてだか、救われる。
彼女は、丸めていた目をにんまりと細めた。
「面白いこと思いついたのよぉ」
彼女は後ろ手に零の袖を逃がすか! とばかりに、ぎゅっと掴んでいた。
「さあ、やるわよ、零ちゃん! ふたりももちろん手伝ってくれるわよねえ?」
島の主が目で「頼む」と言っていて、手伝わない選択など皆無に等しい。
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