名も無き花

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 その願いが天に届いたのかどうかはわからないが、 「慶士郎、ここに来てはならぬとあれほど申したではないか」 「あやだけずるい! 兄上を独り占めにするなんてゆるしません!」 「そういうことではなくてな……」  腹にぐりぐり顔を擦り付ける慶士郎にため息を落とし、 「まず、部屋に上がれ。お前は庭に出るな。この庭はお前の部屋の庭と違って外に近――」  と、くっつき虫と化した慶士郎を剥がしながら、ふと、部屋の中を見ると、ニヤけた顔がそこにあった。  目が合うと、それのニヤけ度合いがぐっと上昇する。ニヤニヤニヤのニヤってところだ。  皇士郎のこめかみがピキっと音を立てた。  途端、防衛本能が働いたのか、慶士郎は皇士郎からさっと離れ、縁側に上がる。 「ヒューヒュー、皇ちゃん、モッテモテモテ~」  ニヤニヤニヤニヤのニヤは、さっと片手を上げた。 「真ァアアア理イイイイ貴様ァアアアアアアッ! 今までどこにいたァアアアア!?」 「蔵よ、蔵。文句があるなら父上にいいなさい」  瞬間、皇士郎の肩がビクリと上ずった。 「ち、父上……」  戸口に、木材を抱えた零が立っていた。 「あら、零ちゃん、はやかっ――」  彼女の声に見向きもせず、零はすたすたと部屋の中に入り、畳の上に木材をぞんざいに落とし、なおもまっすぐ歩いて行く。 「ち、ちちう……」  足袋のまま庭におり、凍りつく皇士郎の前に立った。 「立て、皇士郎」  震える皇士郎を見下ろして、 「返事をせい」 「は、はい……」  皇士郎が立ち上がった刹那、乾いて弾ける音と共に、零の腕が風を切った。  皇士郎の身体が吹っ飛んだ。
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