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琥珀色の優しい視線に促されて、ボタンに指を置いた。
家の番号を押す。うわごとみたいな電子音があと追ってきた。
耳にあてて、1コールで出た。電話の前で待ち構えてたみたいに。
『佑!? 佑なの!?』
「うっ……」
その声を聞いたとたん、猛烈な吐き気がこみ上げてきた。つい数時間前まで大好きだった声を、体が全力で拒否していた。
「……はい」
『佑なのね!? 今どこにいるの!?』
今、どこにいる、だって? なんなんだろう、この人。
『佑!? あなた、今一体どこに……? た、すく……お母さん、お母さん……』
なに、言ってるんだろう。理解できない。ぐるぐるする。目が回る。
飲み込んだはずの苦いものが、再びせり上がってきて、こらえるのに必死だった。
「……聞きたくない。言い訳なんか聞きたくない。あなたの声……聞きたくない」
電話の向こうで、ひっ、と強く空気を吸い込む音が聞こえた。
「今日中に荷物まとめて出てってよ。川原さんと一緒に」
自分の声だと思えなかった。誰かが俺の口を使って喋ってる。こんなに冷たい声、俺は知らない。
『た、佑……でも、のんちゃんが……』
「のどかが、なに? 家政婦さんがいるじゃん。シェフがいるじゃん。あんた、もういらない。二度と俺の前に姿見せないで」
『ごめんな……』
「一生許さない」
にじんで揺らぐ視界の中心に白い手が現れた。
「たすくくん、かわってくれる?」
返事をすることも、顔を上げることもできずに、しなやかな手の平に電話を置いた。
「風呂、薫と一緒に入っておいで」
俯いたまま、ただ頷くことしかできなかった。
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