ファンク!

14/73
前へ
/302ページ
次へ
 琥珀色の優しい視線に促されて、ボタンに指を置いた。  家の番号を押す。うわごとみたいな電子音があと追ってきた。  耳にあてて、1コールで出た。電話の前で待ち構えてたみたいに。 『佑!? 佑なの!?』 「うっ……」  その声を聞いたとたん、猛烈な吐き気がこみ上げてきた。つい数時間前まで大好きだった声を、体が全力で拒否していた。 「……はい」 『佑なのね!? 今どこにいるの!?』  今、どこにいる、だって? なんなんだろう、この人。 『佑!? あなた、今一体どこに……? た、すく……お母さん、お母さん……』  なに、言ってるんだろう。理解できない。ぐるぐるする。目が回る。  飲み込んだはずの苦いものが、再びせり上がってきて、こらえるのに必死だった。 「……聞きたくない。言い訳なんか聞きたくない。あなたの声……聞きたくない」  電話の向こうで、ひっ、と強く空気を吸い込む音が聞こえた。 「今日中に荷物まとめて出てってよ。川原さんと一緒に」  自分の声だと思えなかった。誰かが俺の口を使って喋ってる。こんなに冷たい声、俺は知らない。 『た、佑……でも、のんちゃんが……』 「のどかが、なに? 家政婦さんがいるじゃん。シェフがいるじゃん。あんた、もういらない。二度と俺の前に姿見せないで」 『ごめんな……』 「一生許さない」  にじんで揺らぐ視界の中心に白い手が現れた。 「たすくくん、かわってくれる?」  返事をすることも、顔を上げることもできずに、しなやかな手の平に電話を置いた。 「風呂、薫と一緒に入っておいで」  俯いたまま、ただ頷くことしかできなかった。
/302ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7063人が本棚に入れています
本棚に追加