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広くない家だ。
脱衣所のドアをしめても、きらたんサンの声が聞こえた。
「……はい。たすく君からお話は聞いています。ええ……ええ。すごく、混乱してますね……はい」
ドアに背中を預けて、胸の中の空気を全部吐き出した。
指一本動かすのも億劫だった。
時間が経つにつれ、自分が放った一言一言を思い返すたび、自分の置かれている状況がわからなくなってくる。
自分は何を見たんだろう。
撮影したようにコンマ一秒逃すことなく頭の中に流れる。
自分は何を言ったんだろう。
声がそっくりそのまま再生される。
でも、本当に、俺は、それを見て、それを言ったんだろうか。
もしかしたら、あれは幻で、これは夢で、次の瞬間、塾の机で居眠りから目覚めるんじゃないだろうか。
その場に崩れ落ちそうになったとき、
「たすくー、そこいんの?」
声変わり真っ最中の、がさがさした声が俺の名前を呼んだ。
「シャンプー切れたんだわ。洗面台の下にあるから取ってくんねえ?」
「……うん」
洗面台の下に手を伸ばす。見たこともないパッケージを手に取って思い知る。
――どうしようもないくらい、現実だ。
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