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「えーと、あの……」
考えてみたら、もう何年も誰かと一緒に風呂なんか入ったことない。覚えてないけど、幼い頃、誘拐されたことがあるとかで、泊りがけの行事も行かせてもらえなかった。
「あー?」
浴室のドアが、なんの躊躇いもなく開け放たれた。
「わ!」
驚く俺を、薫は椅子に座った状態で体を捻り、不思議そうに見上げる。
「なにビビってんだよ」
呆れたような声に、かっとして思わず、
「ビビってねえよ!」
っていうと、
「ふうん」薫はニヤリと笑う。「早くしねえと姉貴が入ってくんぞ」
「ええっ!?」
心底ビビる俺を尻目に、薫はドアを開けたまま、くるりと向き直ってシャワーのレバーを捻った。
狭い浴室が、シャワーの飛沫でけむる。
どうにでもなれ! って気持ちがなかったとは言いきれない。制服をひといきに脱ぎ捨てて、脱衣所から浴槽に飛び込んだ。
その勢いのまま頭のてっぺんまで潜って、顔を出すと、薫が深緑の目を丸くして俺を見ていた。
「ぷはっ」
薫はいきなりふき出して、腹を抱えて笑いだした。しばらく唖然としてたけど、そのうち俺もつられて笑いがこみ上げてきた。
ちっせえ窓の外が白んできた頃、せっまい浴室の中、どっちがどっちの笑い声かわからなくなるくらい笑った。
「はは」薫は目のふちを指で拭う。「変なやつだなー、おまえ」
「かおるんのが、変なやつだって」
笑い顔で、べしっと頭を叩かれた。
「かおるんゆーな、アホ」
「えー、いいじゃん。俺のことたっしーって呼んでいいからさあ」
「なんだそりゃ」薫はまた笑う。「ぜってー呼ばねえ」
変なやつ、だなんて思わなかったよ。そのかわり、いいやつだな、って思ったんだ。
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