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「へえ。おまえ、誰かと風呂入んの初めてなの」
薫は組んだ手の隙間からお湯を飛ばした。ぴゅって飛んだ!
「なにそれ!」
湯船に入ってる薫の手を、椅子に座ったままのぞき込めば、
「これ?」
と、俺の顔面にお湯を飛ばしてきた。
「わ! なにすんだよ!」
すんごくニヤニヤしてる。憎たらしいくらいニヤニヤしてやがる! もう怒った。知らない!
ムッとして、シャワーのレバーを捻る。右回し。さっき視界の端で薫がやってた。
荒いお湯の粒に目を閉じて、手探りでシャンプーを探す。たしか、この辺。左がリンス、だから、こっちがシャンプー。
わしゃわしゃ髪をかき回すと、びっくりするくらい泡立つ。なにこのシャンプー! すご!
「なあ、薫」ふと思いついて口をついた。「親は?」
少しだけ間があいた気がしたけど、勝手に止まったシャワーと、もりもりできる泡に心を奪われてそれほど気にならなかった。
「いねーよ」
薫が動く気配がした。
「いない? なんで?」
「死んだから」
「そうなんだ」
目をつぶってたから表情は窺えなかったし、薫があまりにも淡々と言うから、一瞬なんてことないように思った。
「って一大事じゃん!」
「あーそう?」
「……なにその気が抜けた返事」
レバーを捻った。右。ざあああああって、迫り来る水音の片隅で、ぼそっと、「大変なのは俺じゃねえから」って聞こえたような気がしたんだけど、改めて「なに?」って大声で聞いてみたら、
「やっぱおまえ変だわ」
ってケラケラ笑ってた。
「おまえみたいな反応はじめてだわ」とも言った。
訳が分からなくて首をかしげてる俺に、薫は身を乗り出して、
「今度、銭湯つれてってやるよ。一緒に牛乳飲もうぜ」
「メロンソーダないの? 牛乳きらーい」
「うわ、超わがまま。だからちっせーんだよ」
「あ、ひとが気にしてることを!」
「サイダーだったらあるな」
「じゃ、俺それ!」
薫は、また、俺の顔に向けてお湯をピュッと飛ばしてきた。
「お湯鉄砲できたらな」
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