第二十章~時流~

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…この年、青龍四年(236年)に鎮南将軍・河南伊(洛陽長官、魏の首都の行政官)の黄権が曹叡に謁見した事があった。 彼は元々は蜀の劉備に仕えた将軍だったが、呉との戦いで退路を無くし、魏に帰順した経歴の持ち主である。 文帝(曹丕)に厚遇され、同じ立場であった孟達とは異なり、周囲の評判も良く、特に司馬懿は黄権を高く評価していた。 一礼する黄権に曹叡は頷いて言った。 「今は天下は三国鼎立〈サンゴクテイリツ〉の状況にあるが、どの国家を正統とすべきだろうか。将軍はどう考えるかな」 黄権は言った。 「それは天文によって判断すべきかと存じます。文帝か崩御された際、ケイ惑(火星の事、災いの象徴とされていた)が不吉な動きをしました。しかし、呉・蜀の君主には何もありませんでした。これこそ、その証拠です」 曹叡はこの答えに感心して言った。 「将軍は太尉(司馬懿)からの推薦があり、昇進させようと思うのだが、どうだろう」 「臣は今でも過分な地位を頂いております。もう年を重ねて、これ以上の累進は望んではおりません。どうかご再考下さい」 曹叡は残念そうな表情を浮かべたが、彼の人柄を感じて退出を許したのだった。 結局黄権は曹叡の死後に車騎将軍となったが、宮中が司馬懿と曹爽の派閥に揺れる中でも政治的な動きはせず、正始元年(240年)に静かに息を引き取ったのだった…
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