第二章~母の死~

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…優れた才幹を見せる曹叡を、母の甄夫人は嬉しく思っていた。 曹家に入って年数を重ねても、彼女は心の底から馴れる事は出来ないでいた。 魏の性格として宮中の事は秘密であったから、甄夫人もほとんど自由は無かった。 曹叡の成長だけが、彼女の楽しみだったのである。 時折、寂しさを感じると、甄夫人は曹叡を側に呼んだ。 「叡や、もっと世間の事にも関心を持ちなさい。あなたがこの魏の主になるのですよ」 曹叡はこの時、十才になっていた。 母の言葉を聞くと、つまらなそうな顔をて言った。 「わたしは王になんてならなくても良いのです」 「何という事を…」 「わたしは、お祖父さまと父上、そして母上がいて、家族が皆幸せに暮らせるならそれで良いのです」 「叡…」 甄夫人は思わず涙を流しそうになった。 彼女は息子の言葉を嬉しく思ったが、敢えて涙は見せずに言った。 「叡や、そんなことでどうするのです。あなたには自覚が足らな過ぎです。さぁ、また勉強してらっしゃい」 曹叡は小さく頷いて、何度か振り向きながら、その場を離れた。 甄夫人はその背中を見送り、完全に見えなくなると、一人さめざめと涙を流すのだった…
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