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…毛皇后が亡くなって三日後の景初元年九月十九日、彼女は陵墓に埋葬され、悼毛皇后と贈り名された。
(朕はあれほど父上や郭皇太后を恨みながら、繰り返してはならない過ちを犯してしまった…)
曹叡が感じた自責の念は、心が不安定な彼にとって余りにも重いものだった。
数日後、彼は発熱してついに病の床についた。
郭夫人は側に付き添って看病する事を望んだが、曹叡は言った。
「今はそなたの手助けは得られぬ…。亡くなった皇后に悪いのだ」
「皇后様も陛下の回復を望んでるはずです。どうかお体を大切に…」
曹叡は頷いて彼女を退出させた。
(朕はこれまで何をして来たのか…。もはや何を思い生きて行くのか…)
その時、斉王の曹芳がやって来た。
「…陛下、お体はいかがですか」
まだ六才の子供である。たどたどしいもの言いだったが、曹叡は嬉しそうに頷いた。
「大丈夫だ。心配いたすな」
「…早く良くおなり下さい、父上」
曹叡はハッとして曹芳を見た。
(父上…)
それは子どもにとっては、何気ない一言だったのかもしれない。
しかし曹叡の心にはその言葉が深く突き刺さった。
(そうだ…この子のためにも、まだ朕は死ぬ訳にはゆかぬ…。せめて遼東を征伐せねば…!)
曹叡はカッと目を見開いて天井を見た。
(天よ、毛皇后よ、どうか今しばらく朕の命数を保たせてくれ…!)
彼は心から祈った。
そして、次の日には床を離れて再び政務に取組んだ。
もちろん、病が完治した訳では無い。
しかし群臣達の前ではそんな様子は見せず、毅然とした態度を取り続けた。
まるで消えそうな命の炎を、再び燃やそうとするように。
(あの子が皇帝になった時に、余計な害を残してはならぬ)
彼にとって最後の外征が、今始まろうとしていた…
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